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谷中の夕暮れ 4

クレーの食卓カバー

そこで、続けてブログを書くことにした。

 最近ブログを書いていないようだけど大丈夫?と友人に聞かれた。あまり大丈夫ではない。が、そこは下町の空元気、だいじょうぶ、だいじょうぶと返事をする。休みがないのだから大丈夫でないことは明らかで、考えてみれば昨年は一日も休暇がなかった。駅で乗り降りをするたびに、ラックに入っている「格安温泉旅行」とか「韓国食べ歩き 3日間で29,800円!」などというパンフレットを持ち帰ったが、すべて資源ゴミに出された。

 『クレーの食卓』がようやく出来上がるのでほっとしている。ご覧のとおりなんともお洒落な本である。3月4日発売。書店では美術書と料理本の2箇所に置けるよう工夫をした。

 この本はそこそこ売れそうだ。いや、売らなければならない。子供たちの教育費に苦渋しているからだ。末の娘が中学生になるのに、お姉ちゃんやお兄ちゃんと同様、小学校の隣にある区立中学だが、制服、体操着、なにやかや、何万円も掛かるという。

 とんでもないことだ。何故お姉ちゃんのお下がりではいけないのか。世の中ではエコエコなどと騒いでいるが、エコロジーなど何処にもない。(エコロジーと言えば、そろそろヨーゼフ・ボイスの展覧会準備に着手せねば)私立学校などに行かせる余裕はないから、それは論外として、それでも昔に比べると子供たちの費用が突出している。この時期は殊に苦渋する。子供たちが学業を終えるまで、それぞれの教育費をパトロナージュしてくれる人はいないものかと、最近、本気で考えるようになった。『クレーの食卓』が爆発的に売れればと願っている。

 私は高校時代の三年間、日本育英会から月々1,500円の奨学金を受けていた。昭和40年頃の1,500円はかなり貴重で、支給は二か月に一度、上履きを履いたまま学校の裏門から出て、水戸街道を渡り、富士銀行で3,000円を受けとった。奨学金はレコードと音楽会の切符代に使われた。本来の使途ではなかったかも知れないが、その後の人生にとっては糧となった。

 奨学金は規定どおり、20歳を過ぎてから、十年ほど掛かって半額を返済した。今でも机のどこかに、赤い「奨学生手帖」というものがあるはずだ。いや、時々目にするそれは「年金手帳」で、「奨学生手帖」などとっくになくしているのかも知れない。

 同じく墨田川高校で奨学金を受けていた山内薫君が自著を送ってくれた。彼とは小学校以来、高校まで一緒だった。かれこれ40年も墨田区の図書館に勤めた彼は、子供や障害者の図書館利用サービスのエキスパートで、長年の苦労から学んだことなど、これまで図書館関係雑誌に書いてきたものを一冊にまとめた。頭が下がる。子供の教育費がどうだとか、私はだらしがない。『クレーの食卓』などどうでもいいから、彼の著書『本と人をつなぐ図書館員』(読書工房、2008年)が読まれることを願う。

山内薫著書

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  • 2018.10.04 Thursday
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