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  • 2015.12.26 Saturday
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正月三賀日

浅草寺

例年とはずいぶん違うお正月を過ごした。

 1月2日から渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで「ピカソとクレーが生きた時代」展が始まったので、暮れは30日まで展示作業が続き、それに合わせて来日したノルトライン・ヴェストファーレン州立美術館の館長代理ピア・ミュラー=タム博士のアテンドが重なった。気の毒なことに、彼女はもっと普通の時期に来日すれば、仕事の合間を縫ってあちこちと見物して歩けただろうに、日本の年末年始は特別で、いろいろと提案することができなかった。

 それでも、日帰りでいいから京都に行きたいと言うので、みどりの窓口に切符を買いに一緒したら、3日、4日は帰省客リターンのピークでまったく席がないことが判り、それも諦めた。

 そこで私は義侠心を出して、正月三賀日をできるだけべったり彼女と付き合うことにした。元旦は浅草に初詣に出かけた。(写真)地下鉄銀座線を出てから、浅草寺に上がるまで約2時間、数百人の警官が実に手際よく参拝客の列を整理して、しまいには仲店の小路をだらだらと進むので、途中、飽きることもなく、「日本人とは何か」を話しながら待っていたのでミュラー=タムは満足げであった。

 2日は展覧会の初日なので、私も現場を離れることができず、午前中は展覧会場で彼女に様子を見てもらったりしたが、午後は武蔵野美大の田中先生がご案内を引きうけてくださり、上野の西洋美術館、東京国立博物館、夕食までご一緒いただいた。昨日お礼状をお出しした。

 3日は、京都に行けなかったせめてもの慰みに鎌倉に出向いた。彼女を迎えに新橋に向かう山手線で、横浜美術館のY館長にばったり、むかしはお正月から美術館に出ることなんか考えられなかったんだけどねぇ、といささかお疲れ気味であった。ポケットからすっと「セザンヌ主義」の招待券を出して2枚くださった。こちらは「ピカソとクレーの生きた時代」展チケットの持ち合わせがなく申し訳なかったが、そうしたものは常に持ち歩き、ポケットからすっと出さなければならないのだと反省した。

 前日、鎌倉まで行くのでひょっとしてお邪魔しても宜しいでしょうかと、鎌倉在住の知人に連絡を取った。どうぞどうぞ是非お寄りになって、と親切な返事が返ってきた。聞くところでは彼女の家のおせち料理はつとに有名で、なんとも幸運なことである。

 北鎌倉で降りて、圓覚寺に上がった。さすがに正月の横須賀線はチョー満員でグリーン車でなければとても向かえなかったが、北鎌倉でもまだ降りる人はまばらで、みな八幡様に行くらしい。
 圓覚寺境内は実に穏やかでひっそりとしている。だらだらと参詣客に混ざって、いろいろな建物を訪ね歩いた。若いお嬢さんが三人、晴れ着を着てわれわれの前を歩いていたが、ミュラー=タム女史はキモノに夢中で、どうやって着るのだとか帯はどうなっているのだとか、私も皆目わからないわけではないが、詳しく説明することもできず困った。山肌の岩をくりぬいた座禅場や茅葺きの庵、社など、彼女は美術史家らしく、また初めての来日に備えて日本関連の本をしっかいr読んできたとみえて、とても的確な見方をしていた。

 国宝の鐘楼へ上がると、山の背に遠く富士の頂上がみえた。年末からずっと良い天気が続き、それだけは彼女にとっても幸運だった。東京の街も空気が澄んでいた。ドイツの寒さに比べれば、年末年始の好天は彼女には春先のような暖かさだと言っていた。

 北鎌倉からふたたび電車に乗って鎌倉まで来ると、八幡様側の出口にはまだまだ人の波で二進も三進もいかない風だったが、われわれは市役所側に出て、銭洗弁天を目指した。知人の家も銭洗弁天のすぐ近くなので、まずは弁天様にもお参りして、それから知人を訪ねようと急な坂道を登った。
 弁天様の境内はかなりの人混みで、たわむれに100ユーロ札でも洗ってもらおうかと思っていたが、とても長蛇の列に並ぶ気はせず、彼女はこの風変わりな信仰を面白がって写真をパチパチ撮っていた。

 友人宅のおせち料理は聞きしに勝る質と量!ご親戚やご友人が次々にやって来て、われわれはその中に混ぜていただいた格好だ。かててくわえて、同席にいた知人の若い友人・大樹君はサンフランシスコ在住で英語が良くできるので、私はしばし通訳から解放され、お邪魔していた三時間というもの、ただ飲んだり食べたりに専念した。お庭で採れた野菜の美味しかったこと。お煮染め、伊達巻き、海老、蓮根、田作り、栗きんとん、サーモン、黒豆、ローストビーフ、とても覚えきれないほどのご馳走だった。大樹君は気の毒に、ミュラー=タム女史の相手を私から託され、彼女にお料理を取ったり正月料理の謂われを説明したりしている。私はただ美味しい美味しいと言って食べる一方である。

 鴨の肉と鶏肉をすり身にして混ぜ合わせ、伊達巻きのように巻いた逸品があった。何もかも私の知人と彼女のお母様の手作りだが、この逸品は彼女が以前皇居で召し上がって再現を試みているのだそうだ。知人は、かつての某有名大臣のお嬢様で、お母様はその奥様ということになるが、皇居にお呼ばれでそれを召し上がったらしい。だがまだ、似て非なるものであるという。

 ふーっと酔いを醒ましながら、暗くなった道を鎌倉駅まで帰ってきた。今月半ばにはサンフランシスコに戻る大樹君も一緒に電車に乗った。これから銚子の実家まで帰るという。サンフランシスコ美術館にはクレーの良い作品があるので、そう遠くない将来かならず訪ねると約束をし、新橋で別れた。

 こうしてミュラー=タム女史の日本滞在は、当初の予想を裏切って、なんとも充実したニッポンのお正月ということになった。知人宅のお料理のお陰で、なんとも充実したお正月は私の方かもしれないが。

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  • 2015.12.26 Saturday
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  • 18:36
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コメント
新藤さま、
鎌倉でご一緒させて頂きました大樹です。その節は楽しい時間をありがとうございました。世界を舞台に自らの実力で勝負されている方の話を伺うこと、そしてその雰囲気に触れることは何よりの人生のモチベーションになります。
私はサンフランシスコに戻ってから、一ヶ月半が過ぎました。最近、たまたまこちらの書店で手に取った遠藤周作の言葉が胸に刺さりました。こんな趣旨の言葉でした。
「創造性は人生体験の事実からではなく、芸術体験の真実から生まれるのだ」
サンフランシスコには素晴らしい美術館がたくさんあります。この機会を活かして、机上の学問だけでなく、ぜひ、芸術体験も深めたいと思いました。サンフランシスコにお越しの際にはぜひお声をおかけくださいませ。再びお目にかかれる日を楽しみにしております。
http://ookina-ki.cocolog-nifty.com/blog/
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