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台峯日乗100

Kochel

 

頭がバカになってきた。今更の話ではないのだが、ますますバカになっていることは確かだ。かてて加えて老眼が進み、いま使っている老眼鏡が役に立たなくなってきている。こうしてブログを書いていてもPCの文字が霞んでよく見えない。お正月になれば数えで70なのだから仕方ない。

 

 バカになってきたというのは、文字どおり脳細胞の健康が冒されてきた意味で、モノを考える力が徐々に失われつつある恐怖である。人間の頭脳は60才を頂点に発達し続け、それから退化するとむかし何かで読んだ記憶があるが、実際60になったとき、ああこれが俺の脳の頂点か?と思った。しかしそんなことはなく、むしろその後の方が難しい本を読むようになり、解らないながらも脳内に蓄積される気がしていた。もともと演算速度が速い方ではなく、つまり鈍いのだが、それでも時間を掛けて本を読めば必ず理解できるとの思い込みがあった。ここにきて幾ら時間を掛けても読解の困難に突き当たる。哀しい事態である。もともと読字障害の気があるので尚更である。

 

 今年いちばん幸福であった瞬間を上の写真に示した、4月21日の早朝だ、大好きな娘たちを連れてベルリンからニュルンベルク、ドレスデンを経由してミュンヒェンへ行った。彼女たちがブラントホルスト美術館でトゥウォンブリーのレパントの戦い連作を観ていた後ろ姿も忘れ難い光景であったが、無事に「ミュンヒェン・スピーチ」を終え、翌日はクレー・シンポジウムの会場を郊外のコッヘル・アム・ゼーに移して終日レクチャーやディスカッションに参加したのだが、ドイツ語イベントは退屈だろうから湖の周りを歩いておいでと彼女たちを解放した。ピナコテーク・デア・モデルネから「もしお望みなら4月20日はミュンヒェンに戻らずにコッヘルの宿をお取りします」との嬉しい提案があったので、是非とも20日の晩はコッヘル・アム・ゼーの宿舎をお願いしますと返答しておいた。私たちはその夜、夢のように美しい湖畔のホテルに宿泊し、翌朝目覚めて、部屋のテラスから眺めたのが上の写真である。

 

 ニュルンベルクでは彼女たちを国立ゲルマン博物館へ連れてゆき、世界最古の地球儀を見せた(もちろんデューラーも)、世界最古の、アメリカ大陸の無い地球儀は理想の世界像だと云うと大笑いしていた。ドレスデンでは運悪くゼンパーオペラはお休みで、その日はシュターツカペレの定期演奏会だった。ルチアーノ・ベリオ『八声とオーケルトラのためのシンフォニア』、チャイコフスキーの5番、ペテルブルグ出身の指揮者セミオン・ビチコフのチャイコフスキーは骨太で猛々しく、ああ、これがチャイコだよな〜!と感心して堪能した。ミュンヒェンを発つ前の晩、ここでも宮廷歌劇場の公演がなく残念だったが、レジデンスの礼拝堂でクワトロスタジオーニ(四季)の小演奏会があるというので三人で出掛けて行った。小編成の弦楽グループで音は洗練されてもいず、演奏は上手くも無く、何だか騙されたようなコンサートだったのだが、それでも曲が良いから大いに満足した(そういえば3年前、クリスマスのヴェネチアで同じ体験をした)。四季のなかでは冬の曲がいちばんいいねと下の娘が云った。

 

 上記の話題はすでに今年ブログに書いていると思う。頭がバカになってきたので同じ話を繰り返している。ハイデガーは『存在と時間』のなかで、本来的時間性と非本来的時間性という概念を持ちだして、自己の〈時間化〉という厄介な働きについてなのだが、前者の時間性を将来・既在・現在と呼び、後者を過去・現在・未来と私たちが普段抱いている普通の時間感覚として呼ぶが、これは難しいことではなく、己の死という絶対的な時間感覚が前者で忘却と期待に挟まれた「今」に触れている(生きている)状態を後者とするだけで、平たく云えば、人は自己の死に対峙する「本来的時間」とあれこれを気にして過ごしている(フツーの)「非本来的時間」の間のグラデーションを生きているということである。無論そんな単純な論理ではないが、バカになってきた頭の理解はそれで良い。本来的時間性へと自分を時間化することで得られる境地を存在了解と云う。本来的な存在への道なのだが、それは個々の自由に委ねられる、逆に云うとこれが人間にとっての〈自由〉(という意味・概念・真理)なのだとハイデガーは示唆する。従って私の、愛する娘たちとのドイツ旅行への回顧はまるまる非本来的時間性のジジイ話であり、しかし「今年いちばん幸福であった瞬間」という感想即ち4月21日早朝のコッヘル・アム・ゼーやチャイコフスキーの5番やヴィヴァルディ「冬」への愛着には本来的時間性の匂いもする。

 

 今年は期せずして人前で喋る機会がたびたびあった。たびたびという程ではなかったが、普段そのようなことがないので度々と感じた。ミュンヘン・スピーチについてはブログにもしつこく書いた。11月11日(たばこと塩の博物館)で「クリムトのウィーン」という講演をした。何故そんな講演をしたかについては略すが、90分の持ち時間で大失敗であった。大失敗ではないが普通に失敗であった。話せば長い。グスタフ・クリムトの話をすれば事足りるのに、それにパワーポイントで見せる画像もたっぷりあったのだが、依頼を受けた7月から準備を始め、夏のあいだ資料をかなり読みこんでいたのが失敗の原因である。ウィーンの話なら『ウィトゲンシュタインのウィーン』じゃないか?と、例の新小岩セミナーで云われたのが運の尽きで、そうそう、そういえば『ウィトゲンシュタインのウィーン』なら何処かにある筈だと探し回り、しかし無かったのでAmazonで文庫版を買い、熱心に読んだ。読んでみるとさっぱり解らず、これはいけないともう一度耽読、ようやく大意は取れたのだが、そこに書いてあったのはウィーン世紀転換期で読まれていたイマヌエル・カントからアルトゥール・ショーペンハウアー、セレーン・キェルケゴールそしてレフ・トルストイへと繋がる思想の文脈だったので、今度は『純粋理性批判』から読むべきかと考えたが、それはムリで『90分でわかるカント』と他の小資料に目を通した。それで気が付いたのは、なにもカントの思想を詳細に知る必要はなく、上述の文脈は形而上学の復興から近代の倫理学へと連なるものであることを掴めばよいので、しかもカント→ショーペンハウアー→キェルケゴールの流れがトルストイ『アンナ・カレーニナ』に色濃く反映されているとの『ウィトゲンシュタインのウィーン』著者等を信じて最後は『アンナ・カレーニナ』を耽読した。

 

 結局、バカになった私の誤りは、こうしたウィーン世紀転換期の哲学の地層がクリムトとはほとんど関係がなかったことである。クリムトはカフェに集う知識人(嫌なボキャブラリーだが)たちから距離を置き、哲学のことなど何も考えてはいなかった。言い直せば考える必要などなかった。彼は装飾画家であり装飾画家に徹した職業人であった。それなのに私は哲学文脈が面白くなってしまって、ほんの少し当時のウィーンについて触れれば済んだものを、クリムトと哲学文脈の双方を講演プランに組み入れて仕舞い、それら全部を話そうとしたのである。講演の後半はズタズタになり、来てくれた友人の一人がそれを指摘した。情けないことであった。

 

 12月1日は岡山県文化連盟から呼ばれて『クレーと食』について話した。準備もなにもなく拙著『クレーの食卓』と『クレーの日記』について短いスピーチ、それから参加者の皆さんと一緒にクレーが作った料理のなかから大麦のスープを選んで作り、食べた。これはなかなか楽しいイベントだった。食について話すなら当然、岡山出身の内田百里砲眇┐譴覆韻譴个覆蕕差欧討董惴翆攸帖』を読んだ。百里麓造鵬直个靴平佑如鎌倉ハムをハマクラカムと云い、北町区役所前(停留所)をクヤチョウ・キタクショ前、メンデルスゾーンのコンチェルトをコンデルスゾーンのメンチェルトなどと云ったらしい。この言語感覚はクレーにも相通ずる所がありますと落ちをつけた。イベントが終わり、コンビニで缶ビールとおにぎりを買ってホテルに帰りしょぼしょぼとテレビを観ていた侘しい講演旅行ではあったが・・・。

 

 次回は来年2月15日。今度は失敗しないようにしよう。文化日独コミュニティーというNPO法人が今年7月からバウハウス100周年の連続講演会を開いており、私は第4回の担当で「バウハウスの舞台工房」を話す。毎年20名弱の学生を連れてドイツでのバウハウス研修旅行を行ってきたのでその話である。実際に学生たちにワークショップをしているのはデッサウ・バウハウス財団のトルステン・ブルーメだが、私は当初から通訳兼アシスタントとして手伝ってきた。学生たちはドイツ到着早々、美術館を訪ねてそこで見聞する展示物を手掛かりに造形に取り組みはじめる。それからバウハウス校舎にある旧学生アトリエに泊まり、クレーやカンディンスキーが教鞭を執っていた教室でワークショップを行う。それだけでも彼らにはちょー感激なのだが、最後は自分たちが拵えたカタチやマスクを身に付けてバウハウス舞台でパフォーマンスをする。これについては後日くわしく書いた方がいい。

 

 要は、舞台でのパフォーマンスがデザインを学ぶ学生たちにとってどんな意味があるのかということなのだが、私は「表象」という語をキーワードにして話す積もりでいる。なぜなら、たばこと塩の博物館で失敗した講演のために首を突っ込んだ資料の中からショーペンハウアー『意志と表象としての世界』を援用したいからである。転んでもタダでは起きたくない。


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  • 2019.07.22 Monday
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