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台峯日乗 99

 

コペンハーゲンに留学している娘から校舎内部の写真が送られてきた。

 

殺人的猛暑に見舞われた今夏、極力ひっそりと家にこもって資料を読んでいた。資料というのは世紀転換期ウィーンについての書籍類で、来月「たばこと塩の博物館」で講演をするのでその準備である。埃を被ったウィーン関連の本を引っ張り出して久しぶりに読んでいる。

 

たばこと塩の博物館で『ウィーン万国博覧会』という展覧会が開かれる(11月3日〜19年1月14日)ことになり、記念イベントでクリムトの話をして欲しいとの依頼だったが、聞けばウィーン万国博覧会は1873年に明治政府が初めて公式に参加した万博で、展覧会の内容は開催の経緯、博覧会の概要、日本から展示された物品の一部などで構成されクリムトのクの字もない。金ピカのクリムト作品『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』について話ができないか?とのリクエストは、名誉なことだが、展示内容とは無関係なテーマであり(クリムトのジャポニズムに通底する間接的な要素はあるにしても)、数年前ヒットした映画『Woman in Gold(邦題・黄金のアデーレ 名画の帰還』)』を講演の話題にするのは、地味な展覧会の講演に派手なクリムトで人を呼ぼうとするサギではないかと私は躊躇した。

 

そこで一計を案じ、シーレ、クリムトの素描を所蔵する友人Kに、クリムトの素描をたばこと塩に貸し出して戴けないかと願い出、所蔵家は快く応じてくれたので『ウィーン万国博覧会展』にグスタフ・クリムトの優れた素描2点が特別公開されることになった。これで私のサギが免れる。

 

講演プランをあれこれ考えているとき、例の新小岩セミナーで『ウィトゲンシュタインのウィーン』は知っているか?と問われ、もちろん知っている、何処かに本書がある筈だがもう何十年も見ていないと答えた。そうだった、1979年『エゴン・シーレ展』、1981年『クリムト展』、1985年『シーレとその時代展』をプロデュースした頃、私は頻繁にウィーンに通い何冊もの資料にも当たっていた。そのとき(邦訳は後年だったか)買った一冊が『ウィトゲンシュタインのウィーン』だった。本は書架のどこにも見当たらず、Amazonで古書を買った。そして読んでみると、これが実に難解な本であったことが分かった。当時私は本書をほんとうに読んだのか、買ってそのまま放置したのか、更にヴィトゲンシュタイン『論理哲学論考』も間違いなく手元にあった一冊だったが、これも見当たらず(理解できないなりに読んだことは確かだ)、あまりにも懐かしい空気に触れる一方で、さて、もう一度最初からウィーンを読み返してみなければの事態に到った。未だに読解が続いているが、しばしハイデガーを休んで、ウィーン読書に専念している。

 

"Wittgenstein's Vienna"(1973, Simon & Schuster)(ウィトゲンシュタインのウィーン)の著者S.トゥールミンは英国生まれの科学哲学研究者でケンブリッジで直接ヴィトゲンシュタインの講義をうけたことのある人物だから思い入れが強い(後にアメリカに渡りスタンフォードで教えた。2009年没)。共著者A.ジャニクはアメリカ生まれの同業者でトゥールミンとは逆に、後にヨーロッパに渡りウィーン大学を皮切りにさまざまな研究機関で教鞭を執ってきた。彼らの調査は徹底していて科学哲学史を軸に、思想史としての世紀末ウィーンを丹念に分析する。本書の目的はヴィトゲンシュタイン(私はどうしても英語読みのウィトゲンシュタインに馴染めない)『論考』の読解(新解釈)だが、この部分は私にはどうやっても理解できない。しかし辛うじて名前だけは聞き覚えのある、本書に登場する数十人のキャラクターの話題は面白くて仕方がない。二回通読したがもう一度は読んでみる積もりである。

 

もちろんクリムトも登場する。講演プランは『ウィトゲンシュタインのウィーン』をアンチョコにして作っている。娘からコペンハーゲン・ビジネス・スクールのキャンパス写真が送られてきて、なんとまあ美しいモダニズム建築だろうと思ったのだが、著書『装飾と犯罪』で知られるウィーンの建築家アドルフ・ロース(1870-1933)を想起せずにはいられなかった。

 

 1910年に建てられた個人住宅シュタイナー邸は、当時のウィーン人には未だ建設中の躯体工事の途中にしか見えなかったに違いない。同時代のオットー・ヴァグナーと並んで、アドフル・ロースこそモダニズム建築の嚆矢(のひとり)であり、バウハウス前史(バウハウスは1919年開校)として再評価されねばならない(私が知らないだけで、アドルフ・ロースをバウハウス建築の出発点にした書籍は既にたくさん出ているのかも知れない)。トゥールミンたちの著書でも、ロースの思想は或る重要なキー・コンセプトになっている。ここ10年あまりバウハウスと関わってきた私にとっても、ロースは再考しなければならないテーマであることを講演依頼が思い出させてくれた。

 

 という訳で、猛暑の夏は難解な書物に向き合う幸せな時間であった。これから半年、暗くて寒い冬の空に覆われる北欧だが、キャンパスの裏庭にはまだ緑々とした芝が見える。

 

 

 


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