<< 台峯日乗86 | main | 台峯日乗 88 >>

スポンサーサイト

  • 2015.12.26 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


台峯日乗 87

ゴーギャン
サマセット・モームが『月と六ペンス』で触れたゴーギャンの大作「われわれは何処から来たのか、われわれとは何か、われわれは何処へ行くのか」を初めて観た。

D'ou Venons Nous, Que Sommes Nous, Ou Allons Nous

 1990年の頃、桜井淑敏さんが主宰するRCI倶楽部の機関誌"Quatro Stagioni"にジェンダー論、論とは云えない、ジェンダーについて書かせて戴いたとき、モームの同小説を引用して「女とは何か」を考えたことがあり、しかしどうしても絵の題名が思い出せずにそのまま放置した。爾来、いつかはこの作品を観にボストン美術館に行かなければならないと期していたのだが、機会が訪れないまま25年が過ぎた。

 先週の火曜日、アートバーゼルを抜け出してバーゼル郊外リーエンにあるバイエラー財団へゴーギャン展を観に出掛け、なんと憧れの大作を目の当たりにした。会期終了間近とあって相当な人出だったが、日本で同種の展覧会が開かれると、たいがい絵など観ていられないほど混雑でごった返すが、ここではゆっくりと、25年待った感慨を味わいながら鑑賞した。モームはこれを何処で目にしたのだろうか。

『月と六ペンス』はゴーギャンをモデルにした芸術小説で(そんなカテゴリーがあればの話だ)、詳細は何も覚えていないが、画家を取り戻しにヨーロッパからやって来た女性に「彼はわたしの男です!」とタヒチの少女が小気味よいセリフを吐く場面がなかに出てきて、それがとても気に入ってエッセイに引用したのだったと思う。

 スイスでの用事を済ませ週末はライプツィヒに移動した。

Leizig_Rathaus 旧市庁舎にバッハのバナーがはためいていた。毎年この時期に開かれているバッハフェストに来る機会をねらっていたのだが、今年はじめて果たせた。日曜日の最終コンサート、バッハフェスト108番目のプログラムはロ短調ミサ曲で、どうしてもそれが聴きたくて、5月にはインターネットで切符を買っていた。手元のCDはクレンペラーの名演で、渡欧前、何度か聴き入って曲想を覚えまでしていたから、当夜の演奏は身体に染み入るものであった。

 春先、したたかに酔って真夜中過ぎにベランダで煙草を吸っていたとき、星空の向こうに母の声を聞いた。物理的に聞こえたわけではない、年を取って物忘れが激しくなり目が霞み耳が遠くなるのは自然だが幻聴が始まると先は長くないという、まだそこまで耄碌した訳ではない、母の声は声にならない声であった。母(の声)によれば、いままであの世にいて地上を見てきたが更に次の世界に入ってしまうのだという。もうお別れだわと彼女は云った。

 クレーの絵を観ていると、われわれの目に見える世界とは違った、もうひとつ向こうの世界を描いている気がしてならないのが、更に向こうの世界というロマンティシズムが私に芽生え、酩酊の底で母の声となったのであろう。さよならお母さんと私も云った。

 どなたかの葬儀に間に合うよう作曲を急いだロ短調ミサ曲は、しかしその完成がバッハの死の前年のことであり、一から順に譜面を書き上げたのではなく、曲のそこここにかつて作曲したカンタータが数多く用いられる。手抜きのように思われるかも知れないが、さに非ず、こうした自己引用と再構成こそがバッハの天才を物語っている。バッハは江戸期の人だが、その意味で彼は近代人なのである。

 バッハその人が堂内に眠る聖トマス教会で聴くロ短調ミサは格別だ。演奏に1時間40分を要する大曲は、最後まで息をつく間もなく音の空間に聴衆を誘った。終曲が始まると例によってポロポロと涙が流れた。これで私も自分の葬式を済ませたような気さえしたが、一昨年死んだ妹、昨年死んだ弟への供養でもあったろう、またここ数年の間に失った友人たちの魂をも思った。涙はしかし、バッハの崇高な芸術に触れて出てきたものでもなく、他界した家族や友人への哀しみでもない。あの世の更に向こうの世界に行ってしまう前の母と一緒に、この曲を聴きたかったと思ったせいであろう。



 

スポンサーサイト

  • 2015.12.26 Saturday
  • -
  • 04:23
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする









calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< November 2017 >>
sponsored links
selected entries
archives
recent comment
recent trackback
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM