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台峯日乗 79

スイスロマンド

エルネスト・アンセルメの名を知っている人は今ではもう少ないだろう。

 少年の頃、アンセルメのレコードで聴いたベルリオーズは、今日でも耳の奧に残っている。たしか練習の様子まで録音されていたもので、アンセルメがどのようにベルリオーズ(むろん『幻想交響曲』のことだ)を作っていくのかまで分かって貴重なレコードだった。ベルリンを発つ前夜、学生たちを連れてフィルハーモニーへ行った。残念ながら当夜はベルリンフィルの演奏会はなく、スイス・ロマンド・オーケストラの演奏会であった。ところがプログラムに『幻想』が入っていたので、私は驚いて、え?、スイス・ロマンドって未だ実在するの?!という程度の認識しかなかった上に、あのアンセルメの十八番だった『幻想』を弾くとあって、え?え?ってな調子で、私にとっては少年時代の、エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド・オーケストラ『幻想交響曲』が最高の演奏だと思い込んで半世紀を過ごしてきたものだから、さてさてネーメ・ヤルヴィ(当夜の指揮)の『幻想』など果たして如何かと高を括って出掛けたのだった。

 ところがヤルヴィの演奏はとても優れたもので、優れたというより凄かったので、ヤルヴィさん済みませんでした、と一言申し上げねばならなかったが、ま本人はそんなことはどうでも良かっただろうが、終楽章の鐘の音が聞こえてくると、いつものことながら、涙もろい私は、少年の頃の思い出や、その後のだらしない人生の来し方がゴチャゴチャに混ざって、ついつい目頭が熱くなった。

桑沢学生ベルリン 今回の旅は、桑沢デザイン研究所卒業生奥田雅子さんの卒業制作『やわらかバウハウス』がデッサウ・バウハウス財団で展示されるのを機会に、展示の初日に同席することと、バウハウス関連施設を見学して回ることだったから、それはそれで良かったのだが、せっかくドイツへ行くのだから、しかも彼らには初めてのヨーロッパで、それはそうだろう18〜20歳の若人なのだから、ヨーロッパ社会の一端を経験させるつもりで、歌劇『ドン・ジョヴァンニ』とスイス・ロマンドのコンサートを旅程に組み入れ、その日は大人になって、しっかり大人のお洒落をして、オペラや演奏会に来るベルリンのお姉さんお兄さんおじさんおばさんたちがどんな様子かを観て帰りなさい、と旅行前から吹き込んでおいた。彼らがどんなにお洒落をしても腹話術のお人形さんでしかないのは仕方ない、昨夜も書いたが、日本には真の身分社会が失われ、オペラを観に出掛けたりクラシック・コンサートに行ったりすることが、社会的にどんな意味なのかを知る由はないからだ。でもみんな頑張った。ドレスアップして歌劇場へやって来るドイツ中産階級のお姉様方が、どれほどのオーラ(ばかばかしい言葉だが)を放っているかを、垣間見ることも出来たのだし、演奏会に来ていた身なりの良い紳士淑女が人生を背負っている顔付きであることにも気が付いただろう。夢のような旅であったと昨夜書いたが、夢のようであったのは、彼らにとってこそであったに違いない。

デッサウ散歩道 昨夜書いたことで思いだした。デッサウで早起きをして、私にはめずらしいのだが、エルベ河畔へ散歩したこの道は、クレーがたびたび歩いた散歩道である。彼が住んでいた教員住宅からエルベ川までは1.5キロほどの道程で、現在では途中まで家が建ち並んだ、あまり美しくもない住宅地域なのだが、当時はところどころに農家の小屋が見え隠れするような閑かな林道であった。この道を歩きながらクレーは、制作に取りかかった絵のことを一心に考えていたことだろう。そこには旅の思い出があった。『地中海の旅』には、そんなことの裏返しを書いたつもりだ。

 ドイツから帰って、旅の後片付けもそこそこに、昨日の夕方、広島でアリョーシャ・クレーの家族と合流、午後から天気は崩れ、生憎の雨模様ではあったが、宮島・厳島神社に詣でた。歩きながら撮った写真でピンボケだが、左からアリョーシャの禿げ頭(私も天辺はすっかり禿げた)、息子のマティアス、妻君のアネット、マティアスは私のゴッドチャイルドで、以前はフランス語しか話せなかったのに、何処で覚えたのか、いまではしっかり英語が話せるようになった。明日は島原、雲仙へ、それから阿蘇、高千穂を回って鹿児島、指宿、九州東海岸を北上して別府、国東半島、来週の日曜日まで私の旅が続く。

クレー家





 

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コメント
ずーっと昔にぼくがボルボの仕事してた時に、スウェーデンのエーテボリ交響楽団の招聘に関わって手伝ってもらったよね、梶本音楽事務所とか、憶えてる?あの時の指揮者はネーメ・ヤルヴィだったと思う。
  • Hutomo Ishii
  • 2014/03/31 10:17 AM
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