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  • 2020.02.07 Friday
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台峯日乗 16

昨日友人のKさんが亡くなった。

 こういう言い方をすると『異邦人』の冒頭、きのうママンが死んだ、を思い出す。Kさんは大手出版社に務める編集人で、数年前、文部科学省が実験的に作った中学校教科書(「哲学」だったと思う)の表紙にクレーの作品を使いたいとの申し出で知り合った。

 私とは同年代で、若いころ芝居をやっていたことが私と共通していたので、無条件に親しくなった。どんな形であれ「1968年」を共有した世代はすぐに仲良くなる。たまたま先週来、山本義隆の『16世紀文化革命』を熟読していた私には、Kさんの思い出もそれに重なった。重なった思い出は、本書がKさんの出版社から出ているというのではなく、70年安保の東大全共闘委員長・山本義隆さん(私はその後、山本委員長の夫人で造形作家の山本みちよさんを良く知るようになったので、山本さんが間接的な知人である気がしていた)は、当時われわれの憧れの人であり、Kさんにもそうであったからだ。

 Kさんには仕事そっちのけで、神田や両国でよくご馳走になった。彼の死は私の思い出の死でもある。今朝、出版社の方からメールを戴いて彼の死を知り、しばし呆然としていた。Kさんはクレー協会の会員にもなってくれたので、彼に送ったクレー協会ニューズレター(机の上に置かれていたのだろう)を目にして、その方が気を遣って知らせてくださったのだと思う。

馬場のカフェ Kさんが病院で息を引き取ったころ、私は高田馬場で、久しぶりにヤスコさんとお茶をしていた。友人の死を悼むブログで、そんな話題を持ちだす神経は理解できないかも知れないが、それを書くのは、Kさんは芝居を止めてから足を洗い、堅実な出版社に就職して、編集の現場を離れずにいたが役員まで務めて、経済的には安定した生活を送っていらした筈だが、私は芝居を止めてからノマドとなり、やがて幸運に恵まれてパウル・クレー協会を作るなど、世間的には格好の良い人生に一見みえながら、お金にだらしのない、借金と浪費の人生を歩み、しかし人の生き方として、Kさんと私の二つの道は、近代の相克のなかではそれは共通した道であるからだ。面倒だから論理的に説明はしない。

 ヤスコさんは、そうした私のだらしのない人生にもエールを送る数少ない友人のひとりだ。久しぶりに馬場にある彼女の会社を訪ねて、近くのカフェでお茶をした。私は甘いものが食べたくなり、彼女におねだりをして、ストロベリークリームがたっぷりかかったホットケーキをご馳走になった。同行したN嬢が記念写真を撮ってくれた。

 久しぶりに高田馬場に行ったのは、実はそのあと、早稲田大学でディーン・ポランドに会う約束があったからだが、ディーンは私の英語の先生で、大事な英文は必ず彼に添削してもらうことにしている。謂わばお雇い外国人である。彼はロンドン大学に籍を置く「暗黒舞踏」の研究者で、日本に来てから暫くは英会話学校の教師などして苦学していたようだが、いまは早稲田、東京外語大、東大で講義を持つ立派な教師である。

 そうか、Kさんが死んでしまったのか、今宵、ジャガイモを茹で、ハマチのムニエールを焼いて淋しく夕食を採りながら、1968年を思い出していた。

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