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麻布の夕暮れ 7

ドイツ祭

シチリア・スイスから戻って、ちょうど週末と日曜日になったので、たっぷりと眠って時差が出ないよう願ったが、そうはいかない。明け方に目覚め、ふたたび眠ったら気が付くと昼を過ぎていた。

 今日、近くの有栖川公園で「日独交流150周年」フェスティバルが開かれていると知り、ビールでも一杯飲もうかと出掛けていった。もの凄い人混み。警備の警察官や私服がやたら多い。それもそのはず、ドイツ連邦大統領と日本の皇太子がメインステージで挨拶をしているところだった。

 そのあとヤング・ユーロ・クラシックなる小編成のオーケストラが演奏するというので、ガラ空きになった座席に素早く腰掛けた。小編成オケといっても、東京芸大学生とエッセン・フォルクヴァング芸大学生の混成、プロフェッショナルではない。だが演奏は良かった。モーツァルトの交響曲(第何番かは分からない)、指揮はゲルト・アルプレヒト。読売日響の主席なども務めて日本には馴染み深い指揮者だが、まさかこの場にアルプレヒトが登場するとは思わなかった。(上の写真で、舞台から去って行く左の人がアルプレヒト)

 10月とはいえ日中25℃にもなった温暖な気候で、有栖川公園の木々にはまだ多くの蝉がいた。ジージーと鳴く蝉の声、ときおり支援物資を運ぶヘリコプターが上空を通過し、あるいはビールスタンドで飲んでいる人々の話し声、何処かで泣き声を上げる赤ん坊、携帯で話しながら後ろを向いて知り合いを捜している最前列のおばさま、気の毒を絵に描いたような劣悪な演奏環境であったが、アルプレヒトは嫌な顔ひとつ見せず(当たり前と言えば当たり前だが)、モーツァルトの音をしっかりと作っていた。音楽とは不思議なものである。

 もちろん感動的な演奏でもなければ、スカスカのモーツァルトだったが、モーツァルトの音楽の側からみれば、演奏者の技量や観客の動向などどうでも良い。だが会場の数人あるいは数十人の聴衆は一心に耳を傾け、第4楽章まで聴き入っていた。それは指揮者にも伝わっていただろう。舞台とはそんなものだ。

 これまでアルプレヒトの演奏はテレビ以外ではあまり聴くことがなかった。1988年から97年までハンブルク州立歌劇場の音楽監督を務めているから、たぶんその間、ハンブルクで聴いている。一度はアグネス・ヴァルツァーで『椿姫』を観た。まったく覚えていないがそれもアルプレヒトだったかも知れない。ヴァルツァーの出来が良くなかった印象がある。高音を出すときの彼女の眉間に寄った皺ばかりを覚えている。

 続いて舞台に登場したのは、ドイツでデビューした日本人4人のユニット「シャナドゥー」。可愛らしい女の子たちで、洗練されてはいないがドイツならこれで通用する。PAの大音響だから、蝉の声もヘリコプターも赤ん坊の泣き声もモノともしない。

ドイツ祭2

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