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麻布の夕暮れ2

詩仙堂

トルステン・ブルーメと京都に行った。

 トルステンはデッサウ・バウハウス財団の研究員で、今年9月から開かれる「バウハウス・テイスト バウハウス・キッチン展」のゲスト・キュレイターである。日本は救いがたい資格社会だから、キュレイター(学芸員と訳されるらしい)といえばキュレイターになるのだが、先進諸国では文化科学省の課長補佐くらいの社会的身分、(ちゃんとした)大学教員程度の能力を指す。ま、そんなことはどうでもいい。

 トルステンは天才肌。天才肌だからフツーの社会には余り順応しない。起きているあいだ、脳を休めることがない。いや、眠っているあいだも多分休んでいない。旧東ドイツの人で、成績優秀であったから当然の事ながらモスクワに留学した。先斗町を歩いていたら、ロシア語で書かれたウォッカ・バーなる看板があったが、彼は怪訝な面持ちで、どうして此処にロシアのバーがあるのか?と尋ねた。

 彼の研究領域はシュレンマーだ。シュレンマーというより「バウハウスの舞台芸術」と言った方が良い。さて、そんなトルステンを連れての京都見物だったが、今回が8度目の来日であるのに、今まで京都に行ったことがない。何を見せれば良いのか、私はずいぶん考えた。

 仕方ない、竜安寺の石庭から始めよう。観光客と修学旅行生で賑わう土曜日の午後、縁側に座ってしばらく庭を眺めていたトルステンが「ここに一人で座っていると想像すればいいな」と言った。アンタ、分かってるじゃない。

 それからバスを乗り継いで詩仙堂に行った。(写真)大阪夏の陣で手柄を立てた石川丈山が(と書けば歴史的記述として聞こえは良いが、敵方の兵を大量殺戮した石川丈山が、と読み替えなければならない)、リタイアして50歳を迎えた頃、京東山に造営した自宅である。出家して僧籍となった。

 10年も前のことだったか、雪の日、畏友ロベルト・オテロを連れて詩仙堂を訪ねた。私たち二人以外に来訪者はなかった。庭の小さな橋にしばらく佇んでいたロベルトが「ホルヘ・ルイス・ボルヘスを知っているか?」と私に尋ねた。「もちろん知っている。2、3冊読んだだけだけれど」「彼の小説に〈世界の中心〉が出てくる。いま俺はこの場所でそれを感じた」とロベルトが言った。そうか、そういうことだったのか。そのとき私は初めて詩仙堂の「意味」を知った。二十歳の頃、私は詩仙堂を初めて訪れ、妙に気に入って、以来、京都に来るたびに必ず詩仙堂を訪ねてきた。妙に気に入って、の理由が私には判らなかった。

 空間なのである。詩仙堂の庭は〈空間〉の表現なのだ。日本文化は二次元の理解を得意とするが、日本人は三次元がよく分からない。ヨーロッパの知識人(嫌な単語だが他に訳語が見つからない)は、空間には佳く反応する。日本人は眼の民族であり西欧人は身体の民族と言い換えても良い。

 詩仙堂に佇んだトルステンは言った。「It's touching me, and I am touching the garden」(庭が俺に来るんだよ、で、俺も庭に行くんだ)空間の概念である。そうか、おまえも良く分かっているね。

 クレー協会の会員で清水三年坂に小さな美術館を持っていらっしゃるMさんが、最近、花見小路の古いお茶屋を買い取り、改装して瀟洒なお茶屋さんを開店した。夜、トルステンと訪ねた。ブルーメさんに「鴨川をどり」をご覧いただいたらどうかとMさんに言われ、その場で馴染みの芸子さんに電話をしていただき、翌日の切符を予約してもらった。

 バウハウスの舞台芸術研究者であるトルステン・ブルーメは「鴨川をどり」に甚く感動し、私も負けずに感動して、二人とも幕が下りたとき目が潤んでいた。1902年4月、フィレンツェで川上貞奴の舞台を観たクレーも斯くありなむ。

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  • 2019.07.22 Monday
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