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  • 2020.02.07 Friday
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ブルーノ・ワルター

聖アボンディオ教会

台風が近い。戦後二番目に大きな台風だというが、では一番目は何だったのか、キティ台風かな?と私が言うと、ナンですかそれ?と事務所にアルバイトに来ているAさんが言った。

 某出版社の編集者Jさんと、女子中学生のようにメールをやりとりした。今朝一番で入っていたメールには、台風が近いですね、このムラムラした感じの天候、好きです、とあった。ムラムラした天候?ムラムラは刑事訴訟法でいう性犯罪の加害者供述調書用語でしょ、最近はこのようなことを述べてもセクシャル・ハラスメントになる可能性があるので気をつけなければならない。

 ムラムラは、暇な私が広辞苑で調べると、「斑斑(むらむら)し」なる古い形容詞で、色が濃淡さまざまである、むらである、転じて心がむらで定まらない様子をいうとある。なんだ、いわば印刷用語ではないか。

 そのむらむらしき写真を上に掲げたのも他でもない、スイス南部の村モンタニョーラ近郊にある聖アボンディオ教会なのだが、此処の墓地にヘルマン・ヘッセが眠っている。初めてヘッセの墓に詣でたのはかれこれ20年も前のことのように記憶するが、そのとき、簡素なヘッセの墓地の近くにたいそう立派な墓があり、ブルーノ・ワルターと墓碑銘があったので、おやまあ、ワルターもここかと思った。もちろん手を合わせた。

 クレーとはほぼ同年代の名指揮者は、1910年代、ミュンヒェン宮廷歌劇場で活躍していたのでクレーもワルターの指揮でオペラを観ていたに違いないが、クレーの日記にワルターの名前が出てきた記憶がない。インデックスを調べてみなければ。

 ベルリン生まれ。マーラーの愛弟子で、作曲家でもあったワルターは、ユダヤ人としてその時代に翻弄された。1939年、ベンヤミンやクレーが亡くなる前年、ワルターはアメリカに亡命した。ビバリーヒルズに住んだが、近隣には同じく亡命芸術家のトーマス・マンが居た。

 今年の夏、キュレイター林がベートーヴェン第6交響曲「田園」にハマった。ウィーン在住の知人、林千尋さんから戴いたご自身が指揮をしたスロベキア交響楽団のCDを、キュレイターは毎日、朝から晩まで事務所でかけっぱなしだった。あのなあ、ハマるのはいいが、たまにはほかの曲でも聴いたらどう?と言いたかったが、私は黙っていた。

 私にも青戸(私の生地だが)の家の二階で、毎日「田園」を聴いていた思い出があるからだ。中学生の頃だっただろう。(どうもこの話題は一度ブログに書いたような気がする。書く方も読む方も後期高齢者に近いから、何度書いても気が付くまい)すでにLPレコードだった。コロンビア交響楽団を振ったワルターの名盤だ。ジャケットがカラー(というより天然色写真)の、それこそムラムラしきワルターの顔だった。

 この録音は間違いなくCDにも起こされているはずだから、どこかで見つけようと思っていた。事務所近くの「ブック・オフ」をときどき覗くのだが、ある日、ワルターではなく、カラヤンの「田園」を500円で売っていたので早速買ってきて、林千尋さんの「田園」と交替、しかしカラヤンには柔らかさが無い。「田園」は柔らかくなければ。カラヤンのしかし音楽の構成主義とも言うべき構成は、見事なもので、この大曲の隅々が見えてくる、否、聞こえてくる。でもカラヤンは6番じゃなくて3番(英雄)だな、が私の感想である。

 昨日、ふたたびブック・オフに行った。今度はワルターの「田園」があった。950円。私はいそいそと事務所に戻り(残念ながらキュレイター林は8月末から休んでいる)、ワルターを聴いた。だが待てよ、これは青戸の二階で聴いていたものとは違う。そう思ってライナーノーツを改めて読んだら、これは1936年にウィーン・フィルを振った録音で(もちろんモノラール)クレーがまだ生きていた時分のものではないか。私が聴き馴染んだコロンビア交響楽団・ワルター指揮の「田園」は、ディスコグラフィーで調べてみると、1958〜61年に録音されたステレオ版(?)で、なるほどそれであれば、発売間もないレコードを母が買ってくれて中学生の私が毎日聴いていたストーリーに整合性がある。

 昨日買い求めたウィーンフィル版にライナーノーツを書いておられる宇野功芳さんとは、以前どこかで知遇を得てお話しをさせて戴いたが、ワルターを殊のほか評価しておられ、そうそうその通り、と読んでいる私の顔がつい笑みを浮かべてしまう。後年の、つまり私が聴き馴染んだワルターの「田園」は、一部にアメリカナイズドされてしまったとの批判もあるようだが、そうは思わない。ロマン主義音楽の最高峰、第5番を作曲した後で、ハイリゲンシュタットの森を散策しながら作られたこの第6番は、ついウィリアム・ターナーやコンスターブルの風景デッサンを思い浮かべさせるのだが、音楽はワルターその人を連想させる暖かみに満ちており、最晩年を迎えた大指揮者の成果なのであ〜る。懐かしのワルター「田園」コロンビア交響楽団版は、今日にでも渋谷のHMVに行けば買えるが、近所のブックオフに出るまで待とう。

 ところで、1962年にビバリーヒルズの自宅で亡くなったブルーノ・ワルターが、南スイスの教会に葬られていることには疑問の余地がある。同姓同名か?墓碑銘をしっかり読んでくるのだった。しばらくヘッセの村モンタニョーラには行っていない。ジルバー・ヘッセに今春会ったとき、モンタニョーラのヘッセ記念館の隣に「カフェ・モンタニョーラ」という新しい施設がオープンしたから、次回、一緒にモンタニョーラに行ってみないかと言っていたので(彼は月に一度くらいの割合で記念館に出掛ける)、帰りがけ、聖アボンディオ教会で車を止めてもらうことにしよう。ほんとうに、あのワルターの墓所なのかどうかを調べるために。

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