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夢のつづき

 そんな歌があった。井上陽水だったか、彼の歌詞のどこかに出てきたのか、いや、安全地帯だったか、それとも前川清だったかもしれない。ずいぶん傾向が違うじゃないか、ま、そんなことはどうでも良い。旅の話の続きだ。

Bauhaus_1927


 1927年、デッサウ・バウハウスの階段で撮影された写真だ。真っ黒で顔がよく見えないが、後方、左から二人目が織物工房の指導者グンタ・シュトルツル。バウハウスは当初、混沌とした主義主張、さまざまな、個性の強い人物、少ない予算、それでいて祝祭的な雰囲気の学校であった。

 やがてバウハウスは、学長グロピウスの方針で産業界との連携を図ることになる。最初に成果を上げたのは織物工房だった。記録では、初期はこの部門だけが収支プラスであったという(確認資料に当たって言っているのではないので、いい加減だが)。
 話はそうではない、写真に写った女子学生たちの溌剌とした表情だ。当時流行の髪型をして、全員がなんと活き活きとしていることだろう。ここにいるのは20世紀の女性たちだ。草食系男子など寄せ付けもしない女性性の、朗らかで勁(つよ)い、笑顔が並んでいる。来年開催を予定している「バウハウス・キッチン」展のポスターには是非ともこの写真を使いたい、と私は考えた。(草食系男子と言ったが、事実、バウハウスが開設された1919年以来、学生への食料提供がグロピウスの悩みの種で、ジャガイモといささかの野菜を確保するのがやっとだった。だが教授陣のなかでは神秘的菜食精神主義者ヨハネス・イッテンが指導力を発揮していたから、きっとそれで良かったのだ)

 この時期から「女性の時代」がはじまる。上に「女性性」と書いたが誤植ではなく「じょせいせい」という日本語である。男性性という語もある。(双方とも私はよく使うのだが概念はいささか難しい。)「バウハウス・キッチン」と銘打った展覧会は、バウハウスに於ける女性性を問題にしたいと思っている。バウハウスにおける女性性とは、つまりは20世紀の新しい女性像の問題だ。女性像という言い方は抽象的で正しくはない。もっと正確に言うなら、女性の暮らし方、新しいライフスタイル、殊にキッチンでの作業が能率的に行えるためのデザインがこの時期に開発され、それはバウハウスだけではなかったが、新時代の扉をひらいた。これが展覧会のテーマである。

 だが、上の写真が撮られた翌年、1928年にグロピウスがバウハウス学長を退いてハンネス・マイヤーが新学長に就任すると、マイヤーの共産主義的な空気が学校を包み込んで、女性性は後退することになる。その年、クレーが織物工房に関わっている。

 グロピウスは真のフェミニストだと私は考える。アルマ・マーラーと関係するだろうか。作曲家マーラーの夫人であったアルマは、マーラーの死後、一時グロピウスと結婚している。いやそうではあるまい、その後生涯の伴侶となるイルゼ夫人のためにグロピウスは「グロピウス・キッチン」をデザインしたのだ。1926年、彼がモホリ=ナジ、シュレンマー、クレーやカンディンスキーのために建てたマイスター・ハウスの空間を見ていると、建築学上さまざまな要素が絡み合って建てられた非装飾的建築物なのだが、そこに私は女性性を感じるのである。

 これまで男性性の産物だと考えられてきた近代建築(デザイン)が、どのように女性性を獲得してきたのか、浅薄な知識では言いようがないが、バウハウス校舎階段に居並ぶ織物工房の女性たちの笑顔を見ながらふと考えてみる。

 バウハウス・キッチン展の準備で9月9日(重陽の節句)からベルリン、デッサウ、ヴァイマールを回った。残念ながら相棒のキュレイター林は夏の疲れが出たためか、体調を崩して同行できなかった。それから私はハンブルグへ行った。ハンブルグのホテルで観光案内パンフレットをぱらぱらとめくっていると、下記のようなページが現れた。お懐かしや「ピカソとクレーの生きた時代展」ではないか!

 同展は今年5月神戸で閉幕し、ドイツに返送されたが、ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館の改装工事が予定より大幅に伸び、急遽、国内巡回を組んだらしい。ハンブルグ北部のシュレスヴィヒにある古い城を改装して作ったと思しき美術館で、それは開かれていた。行こうか行くまいか迷った。穴の開くほど眺めた絵画ばかりだから新鮮ではない。が、エピローグとして、異国の田舎の美術館で、それらと再び向きあうのも悪くはない。

 ハンブルグからリューベックへ出て「ギュンター・グラス・ハウス」を訪ねる約束があった。そしてその日のうちにヴォルプスヴェーデへ行きたかった。もう一日ハンブルグに留まればシュレスヴィヒに行くことは可能だった。だがその考えは捨てた。ヴォルプスヴェーデに半日でも長くいたかったからである。

Hamburg_Guide

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